黒バット




「突如として現れた正義の味方黄金バット! ウハハハハ」



【作】後藤時蔵、田中次郎 【画】永松武雄
【制作】蟻友会 【発表】昭和5年



OUTLINE

 平絵式紙芝居の草分け「蟻友会」が発表した紙芝居シリーズ第2作。怪盗黒バットの活躍を描いた物語で、子供たちの間で人気沸騰した。
 昭和5年の夏頃に始まり、同年初冬に発表された最終話「解決編」の終盤にて、黒バットを上回る強さを持つ正義の味方・黄金バットが史上初めて登場。黒バットは彼に倒され物語は終結する。
 当時の紙芝居は現存せず、実際の黒バットの姿を確認することはできない(画像は昭和46年刊『紙芝居昭和史』での加太こうじによるイメージカット)が、永松健夫(武雄)が雑誌『紙芝居』第3号(昭和22年)に寄せた「『黄金バット』のころ」という随筆には、この作品のあらすじが記されている。

 ――東京大博覧会に出品された真珠「志摩の女王」が一夜のうちに盗み去られてしまう。以後、頻々と発生する犯罪の数々。帝都の人々は恐怖のどん底に陥るが、犯人は杳として知れない。
 やがて少年探偵・正夫が犯行現場をおさえたが、そこに姿を見せたのは髑髏面に黒衣の怪人だった。彼は風のように闇に消え去り、あとには不吉を喜ぶがごとく蝙蝠の群れが乱舞する。

 なお作品名は『黒バット』とするのが通説だが、作者である永松は『怪盗バット』としており、こちらが正式なタイトルであった可能性も高い。


CHARACTER FILE

【黒バット】

 本作の主人公にして不死身の怪盗。白い骸骨のマスクに黒いマントを纏う怪人。
 宝石「志摩の女王」強奪を手始めに数々の犯罪の裏に暗躍していた。彼の周囲には不気味な蝙蝠が群れをなしている。
 奇想天外、荒唐無稽な展開に従って強さを際限なく増していった結果、作者サイドにも倒す方法が思い浮かばなくなってしまった。この状況を打開するために考案されたのが黄金バットである。


【黄金バット】

 「解決編」のラスト3コマに突如現れ、黒バットを滅ぼした謎のヒーロー。顔は金の髑髏でマントは赤という、シックな黒バットとは対照をなす派手な衣装。
 闇に蠢く妖魔を制する正義の味方で、炎のような紅の蝙蝠を従えているという。
 劇中最強だった黒バットを上回る超最強の実力者であったため、たちまち子供人気を獲得した。紙芝居作家の鈴木一郎の発案で生まれたといわれている。


【正夫】

 少年名探偵。頻発する犯罪を追うなかで怪盗バット(黒バット)と最初に遭遇する。


TOPIC

○記念すべき黄金バットの初登場作品。なんと黄金バットはダークヒーロー・黒バットのアンチテーゼとして生まれた存在だった。
 日本のスーパーヒーローでは最古参の部類でありながら、その誕生経緯は極めて特異といえよう。主人公が同じ外形のキャラクターと対立するのはヒーロー物の定番だが、『ウルトラマン』のにせウルトラマン、『仮面ライダー』のショッカーライダー、アニメ版『黄金バット』の暗闇バットなど悪側(の発想)が後発であるのが基本である。悪側がプロトタイプであるため設定上は先に生まれている等のパターンもあるが、物語の構造としてはおおよそ正義の味方ありきの登場といえるだろう。
 反対に黒バットと黄金バットの関係性に類似するものとしては、昭和34年放映開始の『豹の眼』が思い浮かぶ。こちらでは秘密結社・豹の眼を率いる悪のジャガーが先行して登場し、第4回でそれに対抗する正義のジャガーが現れる、らしい(すいません未見です)。どちらもスーパーヒーロー黎明期の作品、そして『豹の眼』原作者の高垣眸が少年少女向け小説の分野で活躍した作家だったことを考えると、少し興味深い共通点だ。

○当初の主役である黒バットは加太こうじ曰く「ジゴマもどきの怪盗」だったらしい。ジゴマとはレオン・サジイの小説に登場する怪盗あるいは凶賊で、映画化もされて明治末から大正の日本で大ブームとなった。江戸川乱歩作品の「怪人二十面相」もジゴマの影響下にあるキャラクターだとの指摘がある。というわけでこれらの作品を参照すれば『黒バット』の物語もどのようなものだったかなんとなく想像がつくが、やはり現物が残っていないというのは残念でたまらない。

○このあと何十年にも渡って人々の記憶に刻まれる黄金バット。彼が世に出るきっかけとなった存在でありながら、黒バットが主役を張った期間は昭和5年の10月から11月、たった一ヶ月ほどだったと推測されている。人気に応じて展開を引き伸ばされるのは人気作の常だが、特にそういうこともなく結末を迎えたさまは潔くもある。
 黄金バットが更に強いバットに倒されて、あるいは黄金バットを凌ぐ強敵を倒してデビューする新ヒーローに主役交代というパワーインフレ展開も可能性としてはあったのだろうか、などと思ってみたりする。



2014.4.1
2014.12.21(改)

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