タクシー・ドライバー
「ウハハハハ! 正義の味方、黄金バットだ!
科学をおもちゃにするやつばら、思い知らせてくれる!」
科学をおもちゃにするやつばら、思い知らせてくれる!」
【作】手塚治虫
【発表】昭和58年10月10日
STORY
雨は涙か溜息か、夜の帳に包まれて、降るは時雨か五月雨か。濡れて立つ身の味気無さ――。
漫画家・手塚治虫は終電に間に合わず、深夜のタクシーを拾って帰路に就く。乗客が手塚治虫だと気付いたタクシードライバーの青年は、「このタクシーは宇宙人にもらったものだ」と奇妙な話を始める。
宇宙人は彼に、死んだ恋人の代わりとして生きている自動車を与えたのだという。にわかには信じられないが、確かに車のシートは血が通っているように温かい。
道中、突如として前方に倒れている男の姿が浮かんだ。
助け起こしてみれば、その病人は手にした瓶を狸穴の松谷邸に届けてくれと言う。そして現れた謎の追跡者が、瓶を置いてゆけと手塚たちに銃を向けた。
手塚と運転手は車に飛び乗り、猛スピードで松谷邸に向かった。そこで待っていたのはジンギスタイン博士=かつてタクシー・ドライバーと遭遇した宇宙人だった。博士は青年に生きた自動車・カーラを渡したのは間違いだったと言い、遺伝子組み換えで誕生した怪物ゴジラモドキを解き放つ。
そこへ窓ガラスを突き破り、主人を救うかのごとく突進してきたカーラ! カーラが繰り出す鋸がゴジラモドキの喉を引き裂く!
そして、そのときどこからともなく現れた黄金バットが不敵な笑い声を上げるのだった。
さて! この続きはどうなりますやら、黄金バット・カーラの巻第一部はこれにておしまい……。
……おや? いつの間にか話の筋がおかしなことになってしまった。気を取り直してもう一度。
路上に倒れていた男はアニメーターの片山チーフだった。彼はアニメ製作に金をつぎ込んだせいで、多額の負債に喘いでいた。手塚と運転手が彼をスタジオまで運ぶと、現れた所長はこう嘆く。
「わしの作ったアニメは売れんのだ。テレビ局はゴジラ再ブームにあやかってゴジラをやってくれという……。わしのつくりたいのは、澄んだ瞳の少女の心の動きをとらえた清らかな映画だ……それをテレビ局は買わんという!」
その時、窓ガラスを突き破ってサラ金の車がスタジオに飛び込んできた! 嗚呼、血も涙もない金融業者は創作家たちの良心の灯をも消してしまうのであろうか?
CHARACTER FILE
【手塚治虫】
漫画家。高田馬場から東久留米に帰るためタクシーに乗るが、それがきっかけで奇妙な騒動に巻き込まれる。
【タクシードライバー】
手塚が乗ったタクシーの運転手。元暴走族で、事故により恋人と死に別れている。事故を起こした相手は宇宙人で、死んだ恋人の代わりに生きている自動車を授けられたというが……。
【謎の男】
路上で瀕死の状態で倒れていた男。怪しげな瓶を松谷邸まで届けてくれと手塚らに懇願する。
実際はアニメーターの片山で、借金のため自暴自棄になり、酒瓶片手に寝転がっているだけだった。
【ジンギスタイン博士】
狸穴の松谷邸にいた怪しい科学者。自身を「神」と称し、遺伝子組み換え技術で思いのままに生物を創造しようとする。その正体はかつてタクシードライバーにカーラを与えた宇宙人で、今度はゴジラモドキなる怪物の創造に着手していた。
というのは全て嘘っぱちで、実際には職人気質のアニメスタジオ所長・断(だん)末麿だった。
【カーラ】
宇宙人が恋人を失った暴走族の青年に与えた「生きている車」。普段は彼が運転するタクシーとして客を乗せている。
ゴジラモドキが青年を襲った際には主人を助けるため松谷邸に突入し、タイヤから鋭利な鋸を出してゴジラモドキを引き裂いた。
現実世界では借金取りが乗る黒塗りの自動車として登場。
【ゴジラモドキ】
宇宙人科学者ジンギスタインが遺伝子組み換えにより生み出した怪獣。カーラを返そうとしない青年を殺すために現れたが、逆にカーラの鋸にかかって絶命した。
実は現実世界で断末麿が嫌々制作した怪獣モノのアニメの一場面。
【黄金バット】
ゴジラモドキが倒れた直後に高らかな笑いを発して出現した正義の味方。科学を弄ぶジンギスタインに立ち向かうのか?
【ヒョウタンツギ】
最後の場面に脈絡なく登場。黄金バットかと思えば、実は黄金バットの恰好をした変なキノコ・ヒョウタンツギだ。
TOPIC
○昭和57年開催「手塚治虫ファン大会」にて上演されたスライド。『未発掘の玉手箱』『SF・小説の玉手箱』に収録されている。
前半はSFサスペンス、後半ではアニメ作家の悲哀をコミカルに描くも、使われている絵はほぼ同じ。たとえば、上に掲げた美少女の写真は、前半では運転手の恋人の肖像、後半では断所長の理想のアニメ像として登場する。つまり一続きの絵に二通りのストーリーを付すという趣向なのだ。
○黄金バットさんは全く脈絡なく突如出現し、物語のリセットを行う。SF編からアニメ業界編の転換では本物の黄金バットが登場するが、全体の末尾では黄金バットのコスプレをしたお馴染み「ヒョウタンツギ」が現れる。
漫画集団パーティー版同様に紙芝居版準拠のデザイン。ただ今回はちょっと色白だ。『怪盗黄金バット』では悪役、今回とパーティー版ではお遊び的な登場なので、本気のヒーローものとしての手塚黄金バットも見てみたかったが、残念ながら今となっては叶わぬ夢だ。
2015.5.23