黄金バット





「乞食ガイコツガ キタヨ」




【作】鈴木一郎 【画】永松武雄
【制作】話の日本社
【発表】昭和6年〜7年頃



OUTLINE

 『黒バット』が一旦の完結を迎えた後、黄金バットを主役に据えて開始した新シリーズ。「蟻友会」を脱退した鈴木一郎と永松武雄が設立した「話の日本社」から出された。『黒バット』時代にはハガキ大だった絵もB5判近くに大型化し、子供たちの興味をいっそう惹きつけた。
 戦前の黄金バット人気は本作の頃に絶頂期を迎え、永松が紙芝居業界から一時去る昭和7年まで続いた。同業者が便乗して模倣作を出すようになったのもこの時期からと考えられる。
 現存する絵は断片的であり、ストーリー全体の流れを把握することは難しい。だが『黒バット』の直接の続編で、成人した正夫が引き続き登場したほか、ナゾーやその一味の誕生、黄金バットの活躍や奇想天外なメカ群の描写、日本から中国、アメリカ、アフリカ、果ては空中から海底までも舞台にしたスケールの大きな展開など、後の作品に通じる要素、作風は既に確立していたものとみられる。


CHARACTER FILE

【黄金バット】

 かつて黒バットを倒した正義の味方。今回はナゾーとして再び現れた黒バットとの戦いに身を投じ、マサル少年たちを助けて活躍する。
 頭は黄金の髑髏、グリーンの上衣に純白のズボンと襟飾り、真紅のマントに黄金の剣という装い。


【正夫】

 前作『黒バット』の主要人物であった少年探偵の正夫は成人し、優秀なる探偵長となっていた。今回も黄金バットらと黒バット改めナゾーの陰謀に立ち向かう。


【マサル】

 かつて黒バットと対決した正夫探偵長の息子。父と共にナゾーの陰謀に挑む。
 現存する絵には縛られて地下を走る電気機関車の線路上に置き去りにされ危機に陥るも、駆けつけた黄金バットに助けられて涙する場面が描かれている。


【ユリ子】

 正夫探偵長の妻。現存する絵にはナゾーに捕らわれて尋問を受けている最中、黄金バットの出現を知らされる場面が描かれている。


【ナゾー】

 かつて黄金バットの剣に敗れた黒バット。だが彼は死んではいなかった。より恐ろしい悪の権化となり果て、ミミズクを模した黒覆面で傷を隠してナゾーと名乗り、数万の部下を率いてこの世の秩序破壊と世界征服を企てる。
 宿敵黄金バットのことは「乞食ガイコツ」と呼んで蔑んでいる。


【覆面団】

 ナゾーの部下らしき白装束の集団。
 現存する絵では妖婆と共に地面の崩落に巻き込まれている。


【妖婆】

 覆面団に「バーサン」と呼ばれているナゾーの部下らしき老婆。
 裏書等に名前はみえないが「モモンガのお熊」に相当するキャラクターだと思われる。


【ナゾーの部下】

 ナゾーの部下の一人で、捕らえたユリ子を見張っていた。胸に髑髏の紋章がある。


【巨象】

 羊をも丸呑みにしてしまうほどの巨大な象。
 別の絵にはいかなる経緯か、市街地に出現した巨象の鼻らしきものから破壊光線「LB光線」が照射される様子が描かれている。


【ブルタンク】

 ナゾーの一味が操る機械の巨獣。空を自在に飛行する。


【ナポレオン】

 探偵。テームス河の底に本拠地を持つ。
 現存する絵では騙されて捕まり、今まさに銃殺されんとする場面がある。


【ビーナ】

 ナポレオン探偵のもとに預けられた少年。
 裏書に「悪の卵ビーナハキエルニ助ケラレ/ナポレオン探偵ニアヅケラレタ」とある。


【ジャバ】

 詳細不明の女性キャラクター。
 裏書から「ジャバ」という名前と推測される。自身を取り囲む黒装束の集団に向かって「イツマデ待タセヤガンダイ」「オヤ聞イタ風ナ事ヲお言イでナイヨ」「イママデマタセヤガッテ、ソレガココノ家のゴアイサツカイ」と啖呵を切る。


【黒装束】

 ジャバの前に現れ、彼女を取り囲んだ謎の黒装束集団。ナゾーの手下か。


【三面ドクロ】

 空中に浮かぶ巨大な三面の髑髏。電気飛行機からの光線を浴びて爆発炎上している様子が描かれている。


TOPIC

○史上初、タイトルに「黄金バット」の名を冠して発表されたシリーズ。
 毎日のように新作が公開されたといわれているが、やはり全貌は掴めず半ば伝説のような作品と化している。
 現存が確認されているのは永松の長女・谷口陽子氏が所蔵する37枚(うち一枚は判型が違う)、マツダ映画社蔵の第1巻(表紙が山本武利『紙芝居 街角のメディア』に掲載)。谷口氏蔵のうち18枚は大空社より紙芝居『元祖黄金バット』として復刻されたほか、『紙芝居の世界』(昭和館監修)に全図版が掲載されており、広く知られるところである。
 長らく一連の図に裏書の類はないとされてきたが、再調査の際に裏書があったことが判明した。これによりキャラクターの名称等はある程度確認がとれたが、いずれ簡素な文であるため詳細なストーリーの把握にまでは至らない。
 平成7年にはNHK情報ネットワーク、大空社主催、キヤノン、アサヒグラフ協賛により「元祖黄金バットをよみがえらせろ! コンクール」が開催された。これは先述の18枚を自由に並べ替え、自分なりのストーリーを作るという企画。優秀者には賞金10万円と賞品が贈られたという。

○加太こうじは『紙芝居昭和史』で永松の絵を「流麗で細密」と評している。実際に見てみると、それに加えて独特の色気がある耽美的な絵柄だと思えてくる。女性キャラクターの表情はもちろん、少年のマサルや黄金バットまでどこか艶やかなのだ。ただし婆のヌードは嬉しくない。
 また場面によっては漫画のように描き文字を用いていたようで、LB光線の照射地点にはご丁寧にも「LB」の字が浮かんでいる。子供たちに、そして演者に場面を分かりやすく伝えるための工夫だろうか。永松版の紙芝居は高等工芸学校図案科での経験を生かして水溶性の酸性染料で着色を行っており、加太らには同様の色彩が再現できなかったという。また、加太はこの染料に含まれる有害な成分が永松を死に追いやった胃癌の原因ではないかと推測している。

○永松自身の回想によって上記以外で登場が判明しているキャラクター(=現存資料では絵姿と活躍が確認できないもの)は、マゾー、ウイスキー元帥、怪モダン、ハルピンお光、蛇王、エーアソーラス、人造人間。この名前の列挙からも戦後に展開された絵物語版の原形が既に出来上がっていたことが想像できる。
 物語はファウスト、八犬伝、西遊記を引き合いに出すほどの壮大な構想をもって進められたらしく、この辺りの大河的構成も絵物語版と共通する。となると気になるのは永松引退までに物語はどの程度進んでいたのかという点である。残念なことに絵物語は未完で終わっており、紙芝居の方も画家交代が待っているわけだから構想通り大団円を迎えたとは考え難いものの、真相を確かめる術は今のところない。

○昭和6年、青年だった頃の加太こうじに紙芝居画家としての道を示したのも本作と考えられる。加太はアルバイトを決めかねていた頃に『黄金バット サハラの嵐』という紙芝居の上演風景を見たのだという。この話には大人間タンク(怪タンク)が登場していたというから、やはりこれも最初期から登場していたことになる。



2014.12.23

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